芝生観察日記の第百二十八話です。
令和四年8月3日(水)
7月30日、Jリーグ第23節 横浜F・マリノスvs鹿島アントラーズ戦が開催されました。
当日は猛暑日にはならなかったものの、19時のキックオフ時点で30度に迫る厳しい暑さの中での試合となりました。
コンサート後2週間というタイミングでの試合となり、ピッチコンディションは我々が想定していた状態からほど遠いもので、両チームの選手、関係者やサポーターの皆さまに大変申し訳なく、心苦しい限りでした。
幸い、ホームチームのF・マリノスが勝利してくれたことが唯一の救いでした。
日産スタジアムは、総合競技場としてJリーグのほか、陸上競技やラグビー、そしてコンサートなど多目的な利用が可能です。
芝生ピッチは、サッカーやラグビーのワールドカップ、そしてオリンピックのサッカー競技の決勝戦会場として、常に最高の状態が求められており、それぞれの大会で評価をいただいてきました。
7月30日の試合も、過去の経験からコンサート後2週間の養生期間を空けて計画された試合であり、芝生の保護材についても熟考して臨んだので、2週間の養生期間があれば試合に支障を来すことはないと想定していました。しかし、コンサート前後の天候が思いのほか悪く、芝生が思うように回復してくれませんでした。
近年の気象の乱れや※1日産スタジアムの特殊な環境下で、生きものである芝生を管理する難しさを改めて感じさせられました。
今回の状況は、コンサートだけが原因ではなく、天候など様々な要因が複合的に重なった結果です。特に、昨年の夏に張替えた夏芝が思っていたよりも冬越しができず、※2トランジションしてみたら夏芝の密度が我々の想定を下回る状況だったため砂の露出が散見される状態となりました。
コンサートでは、主催者様のご協力だけでなく、アリーナ席(芝生上)のお客様には、芝生保護のため水しか飲めないという規制にもご協力をいただいており、スポーツに限らず、ご利用される多くの皆さまのご理解とご協力があって日産スタジアムの芝生が維持できています。
芝生観察日記(127)において説明が足りなかったこともあると思いますが、先日の試合でピッチコンディションが悪かった原因がコンサートではないかという問い合わせが日産スタジアムに寄せられています。しかし、前述したように芝生の生育に影響する天候など様々な要因が重なった結果であるということをご理解いただきたいと思います。
写真は、昨日の状況です。砂が露出した部分へ夏芝の匍匐茎と呼ぶ新しい芝芽が伸びています。今まではこの匍匐茎がなかなか伸びなかったので先日の試合では、芝生が薄い状態でした。
この先、天候も安定し、猛暑が続くようですので13日の試合までには、何とか匍匐茎が絡み合って夏芝で覆ってくれることを期待しています。
今回の結果を糧として、芝生スタッフは猛暑の中、信頼を回復するため日々がんばっていますので、温かく見守っていただきますよう、よろしくお願いいたします。
※1 日産スタジアムの特殊な環境
鶴見川の多目的遊水地に設置されている日産スタジアムは、大雨時に川の水を一時的に貯留するため、約1,000本の柱で支えられた高床式であり、フィールドの下は空洞になっています。そして、フィールドはコンクリートの植木鉢のような状態になっているため、植物の生育に影響する地温の変動が激しく、土壌環境を整えるのが難しい上に、スタンドの全周が屋根で囲われているため日照不足や風通し不良といった世界的にも稀な厳しい環境のスタジアムです。
※2 トランジション
一年を通じて常緑の芝生ピッチを提供するため、日産スタジアムでは夏芝(ティフトン419)をベースとして、夏芝が休眠する秋から春の間を緑の芝生にするため冬芝(ペレニアルライグラス)という芝生の種を毎年蒔いています。このような芝生ピッチを、オーバーシード方式と呼び、秋に蒔いた冬芝は翌年の春から初夏にかけて人為的に弱らせて夏までに衰退させる作業を行います。この冬芝を衰退させて、ベースである夏芝を表面に出す芝種の切り替えの過程をトランジションと呼びます。