芝生観察日記 第90話

芝生観察日記の第九十話です。

令和元年11月27日(水)

<~ Road to 2019&2020 ~>

 

 ラグビーワールドカップ2019™ 第一報

 

 9月20日に開幕して約6週間に亘って熱戦が繰り広げられたラグビーワールドカップ2019™が閉幕しました。

 

 日本代表の歴史的な勝利に沸き、日本中がラグビーに熱狂しました。

 

 <~Road to 2019&2020~>という題名で昨年からラグビーワールドカップ2019™と来年に控えた東京2020に向けた芝生の管理について書き綴ってきましたが、この大会における独占使用期間中はスタジアム内の映像等を露出することが制限されていたため芝生観察日記も更新できずにいましたが、ようやく大会が終わり独占使用期間も解除されたので3回に分けてお伝えしていきます。

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 今年は長梅雨の影響により暖地型の芝生の生育が鈍く、寒地型芝生から暖地型芝生へのトランジション(切替)が想定通りにいきませんでした。

 

 今年の梅雨は、記録的な低温、日照不足、長雨という例年以上に暖地型の芝生にとっては最悪の条件が揃ってしまいました。そのような悪条件下で、寒地型の芝生が7月に入っても衰退する気配はなく、逆に暖地型の芝生がなかなか表面に出てこられませんでした。結果として、梅雨が明けて気温が一気に上昇したことで寒地型の芝生は急激に衰退してしまいましたが、直ぐに暖地型の芝生が出てくることはなく、砂が露出して芝生がない部分も目立つ状態となりました。

 

 日産スタジアム(横浜国際総合競技場)で行われたワールドカップの試合は、9月21日に行われたニュージーランド代表VS南アフリカ代表の試合に始まり、11月2日に行われた決勝戦までの6試合でした。

 

 本来は10月12日にプール戦、イングランド代表VSフランス代表戦の7試合が予定されていましたが、ご存知の通り台風の影響で中止となったため6試合となりました。

 

 どの試合も6万人を超える注目のカードばかりでした。約6週間に亘る大会期間は常にコンディションを維持しなければならず、ラグビーの国際統括団体であるワールドラグビー(WR)からは、この大会の成功は決勝戦会場である日産スタジアムの芝生に懸かっているとプレッシャーを掛けられる日々でした。

 

 そのため、昨年末よりWRが指名した外国のコンサルティング会社を含めて芝生のワーキングを定期的に行いながら、芝生のコンディションは常に監視されてきました。結果として、8月初旬に行われたワーキングにおいて決勝戦を含む7試合に耐えられる芝生に至っていない部分があるとの評価が下り、急遽大面積の補修を行うこととなりました。実に大会開幕の4週間前のことです。

 

 世界レベルの試合を7試合、最高の状態で整備するという大義は誰も経験したことがないので、我々も内心悔しさを堪えながらも大会を成功させることが何よりも重要であったためワーキングの決断を受け入れました。

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 芝の補修は8月17日のJリーグ翌日から急ピッチに進められ、8月30日に完了しました。この段階で大会まで3週間というタイミングでした。当初の計画では、9月21日の第一戦は暖地型芝に寒地型芝をオーバーシードした状態で迎える予定でした。しかし、芝補修をして根付きが甘い芝生に直ぐオーバーシードすると来年の芽出しに影響するという認識でワーキング内の総意が得られたため、9月のプール戦2試合は暖地型芝のみで迎え、2試合を終えた時点でオーバーシードを行うことにしました。

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 大会3週間前となる9月2日よりインゴールを含むプレーエリア以外の整備が始まりました。日産スタジアムは陸上競技用のウレタントラックがあるため、プレーエリアとなるハイブリッド芝以外の部分を天然芝と人工芝で覆わなければなりません。

 

 ウレタントラックを人工芝で覆うことは従来から実施していますが、今回はハイブリッド芝の外周囲約2,800㎡に天然芝のビッグロールを張りました。これは、WRが認めた公認の人工芝か天然芝の何れかで覆うことを選択することとなっていましたが、横浜市では選手がより安全・安心にプレーできるようにと天然芝で覆うことを選択しました。同様の手法は熊本、大分、東京でも採用されました。

 

 土が無いウレタン上に天然芝を張って2ヶ月維持するというのは今大会が初の試みではないでしょうか。この技術は今後日本における様々なイベントやスポーツ大会の場面で活用される気がします。

 大会前フィールド全景.jpg 

 これが、拡張して大会前のフィールド全景です。今大会に向けて周囲の人工芝も新たに導入されました。

 

 さて、9月20日に東京スタジアムで華々しく始まった大会は、日本代表が見事開幕戦を勝利で飾り、大会の盛り上がりを後押ししました。

 

 翌21日には日産スタジアムでの開幕戦となるニュージーランド代表VS南アフリカ代表戦が63,439人の大観衆の中で開催されました。

 

 当日の天気は曇り。この試合に向けて芝の刈高は暖地型芝に合わせて15㍉としました。WRから大会時の芝の刈高について25㎜~35㎜という基準が示されていましたが、実際これは寒地型芝が主流のヨーロッパ基準であり、暖地型芝だけでこの高さを維持するのは難しく、選手にとっても良い状態とは言えないでしょう。

9月21日試合前前景.jpg自走芝刈り.jpg 

 これが日産スタジアムでの開幕戦となったニュージーランド代表VS南アフリカ代表戦前のフィールド全景です。暖地型芝だけで迎えると決めた際、懸念された要因の一つに刈込みの際に描かれるモーイングパターン(刈込みデザイン)がありました。寒地型芝に比べてどうしても芝丈が短い分、綺麗な刈目が付き辛いのです。

 

 今大会は、写真のようにWRオフィシャルのモーイングパターンで全会場統一されていたので他の会場との比較が分かり辛かったかもしれません。このモーイングパターンは見た目の印象も大きいですが、芝の状態を見極める基準にもなり、他の会場の状態がどうかというのが非常に気になりました。

9月21日試合後の状況.jpg9月21日試合後の状況(近景).jpg9月21日試合後の傷.jpg 

 これは試合後のスクラムが組まれた場所の状況です。試合をご覧になられた方は芝が飛び散り、大丈夫なのかと思われた方もいると思いますが、暖地型芝特有の傷み方であると同時に、ハイブリッド芝化されているため、抉れたり、凹んだりすることもなく試合翌日に芝を刈ると綺麗になってしまいました。

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 これは、翌22日に開催されたスコットランド代表VSアイルランド代表戦前のフィールド全景です。

 

 当日の天候は、曇りから生憎の雨となり、芝生のダメージが懸念されましたが、前日の試合同様に目立つ傷は残らず、芝刈り後には綺麗な状態になりました。何とか最初の山を無事に乗り切ることができました。WRや試合を終えた選手からの苦情や問い合わせもなく、ホッとしたのも束の間で、翌日から10月以降の試合に向けた寒地型芝の播種が始まりました。

 

 その様子は、第二報で報告します。