芝生観察日記の第九十九話です。
令和二年7月14日(火)
<~ Road to 2019&2020 ~>
Jリーグ再開後初のF・マリノスの試合が行われました。
試合は残念ながらFC東京に苦杯を喫しました。
当日は、久しぶりに太陽光が差し込む貴重な好転となりましたが、湿度が高く、気温も30℃を超えて猛暑日に迫る汗ばむ陽気でした。しかし、日照不足だった芝生にとっては願ってもない天気となりました。
ちなみに、分かり辛いですが日照不足による影響を受けた芝生とそうでない芝生の比較をみてください。
<6月30日>
<7月12日>
6月末には葉が密集して下地が透けて見えなかったのが、試合当日は葉の密度が減って薄茶色の下地が透けて見え、粗く見えます。我々の業界では下葉を「篩う」とか「落とす」という表現をします。
これは、日照不足で光合成ができないため、芝生自ら生命を維持する手段として体力の消耗を抑えようと、不要な葉を篩い落とした状態です。つまり薄茶色に見えるのは篩い落とされ、枯れ始めた葉なのです。
ぱっと見、2/3くらいに減っている印象です。とはいえ、地下茎と根があるので試合には影響を与えません。そして、スタンドから見る分にはゼブラ模様も出て綺麗でした。
この日、会場の内外で新型コロナウイルス感染症対策が徹底されていました。それは、フィールド内も例外ではなく、選手が触れるゴールポストやコーナーフラッグもスタジアムのスタッフがアルコールで丁寧に消毒を行っていました。
今後、このような光景がスタンダードにならないことを願うばかりです。
選手のウォーミングアップが終わり、いよいよ選手の入場です。暗転からいつも通りのトリコロールギャラクシー。スタンドは1階層のみ、アウェー側のスタンドは開放されず、ソーシャルディスタンスがしっかり確保されていました。そこは、DJ光邦さんの声とアンセム以外聞こえない不思議な空間でした。
当日の芝刈高は12㎜。夏芝を採用しているスタジアムとしては、この時季の平均か、多少短いかもしれません。ただ、Jリーグ発足当初に比べると全体的に芝生の刈高は低くなった印象です。
当日の天候は晴れ、芝生面はドライでした。近年、J1チームの多くがパススピードを上げるため試合前に散水を行っています。
ヨーロッパは勿論、国際試合では当たり前となっていますが、管理上は傷む要因となるので撒きたくないのが本音です。
日照不足で、芝生の密度が減少し、決してベストコンディションではありませんが、冬芝から夏芝へのトランジションを終え、Jリーグの再開に間に合ったということで、一定の手応えを感じました。
試合後のダメージは、バミューダグラス特有の毛羽立つような傷が散見されました。どれも小さい傷ばかりで、丁寧に砂を入れ、刈込みを行ったら殆ど目立たなくなりました。ハイブリッド芝ということもあり、凹みもありませんでした。
次の試合は、22日の横浜FCとのダービーです。
天候さえ安定してくれれば問題なく回復するのですが、この先の天気を見ても厳しそうな予報です。
日照不足によるストレスを緩和させるサプリ等を撒きながら梅雨明けを祈りたいと思います。
本来であれば後10日で東京2020が開催される予定でした。近年の天候を考えるとピンポイントで芝生のコンディションを整えることの難しさを実感しています。
来年の夢舞台を最高の状態で迎えられるように思考錯誤は続きます。
芝生観察日記の第九十八話です。
令和二年7月10日(金)
<~ Road to 2019&2020 ~>
いよいよ日産スタジアムにF・マリノスが帰ってきます。
一昨日の湘南ベルマーレ戦では、勝率の良いニッパツ三ッ沢球技場で今季初勝利を飾りました。
その勢いをそのまま明後日のFC東京戦でも発揮してくれることを期待します。
我々ができることは、選手達が安心してプレーできる環境を整えることです。一昨年ハイブリッド芝へ張替えた後、チームからは常々グラウンドの硬さを指摘されてきました。
芝生の弾力は、確かに選手の膝や腰、足首などの怪我に影響するため硬いという印象だけで安心してプレーに集中できないという側面があります。
グラウンドの硬さを和らげる手段として、これまでもバーチドレンを掛けるなど、その都度対応してはきましたが、選手が望む弾力をなかなか提供できませんでした。
そのため、今年は芝生自体が生み出す弾力を確保するため、冬季からコア抜きのエアレーションを繰り返し実施してきました。これが功を奏して、天然芝本来の弾力が生まれました。
コア抜きのエアレーションで芝が良くなるなら早くやれよと思うかもしれませんが、ハイブリッド芝のNGワードであるため分かってはいても躊躇していました。
また、今年は、新型コロナウイルスの影響でJリーグが中断したことで、不幸中の幸いと言って良いのか十分な養生期間が確保できたため冬芝から夏芝へのトランジションも完了し、芝生自体のコンディションは近年にない状態に仕上がっています。
スポーツグラウンド(スポーツターフ)の硬さは、その競技毎に求められる基準が違います。選手個人もそれぞれ好みが違うため、我々は何を基準として硬さを調整しているかと言えば、英国スポーツターフ研究所(STRI)が開発した「クレッグ・インパクト・ソイルテスター」という表面硬度を測る計測器の数値を基準としています。
これは、500gのウエイトを30cmの高さから落とす減速度を測定します。1地点5回測定し、その平均値を見るのですが、STRIでは望ましい基準値を20-80Gmとしています。粘土質が多いヨーロッパと日本やアメリカなど砂質が多い環境では開きがあります。
日産スタジアムでは、ハイブリッド芝にする前は70-80Gmで安定していたのですが、ハイブリッド芝にしてからは、100Gm付近を行ったり来たりしており、基準値をオーバーしていました。
明後日の試合に向けて、最後の仕上げとして実施したバーチドレン後に表面硬度を計測しましたが、今回は60-70Gmで基準値内でした。ハイブリッド芝に変更後、60Gm台が出たのは初めてですが、確かに軟らかく感じます。
ここまでは我々がイメージした通りに仕上がっていたのですが、悩ましいのがお天気です。7月に入ってからまともに太陽が出ない状態で、連日の雨も重なり夏芝にとって大変厳しい状態が続いています。
梅雨入り後、比較的晴れる日が多く、順調な生育を見せていた夏芝もここへ来て生育が低下しており病気の再発が気になります。
今年は、Jリーグの中断でどこのスタジアムも万全の状態で、綺麗な緑の絨毯をイメージされている方が多いかもしれませんが、今年は芝生泣かせ、そして管理者泣かせの難しい年となりそうです。
まずは、明後日の試合に勝つことを願うのみです。
次回は、試合後の状態を報告します。
新横浜公園東ゲート橋(通称:Aアプローチ)のハンギングバスケットの花が新しくなりました。
新型コロナウイルス感染拡大防止のため、中断していたJリーグがようやく再開し、日産スタジアムでは、7月12日の横浜F・マリノス vs FC東京戦が、再開最初の試合になります。
当面の間は、人数制限を設けての開催となりますが、少しでも会場を盛り上げるよう、ハンギングバスケットに植えた花の色は青・白・赤の三色(トリコロールカラー)です。
青(ペチュニア)
白(ニチニチソウ)
赤(ペンタス)
植えた直後で、まだ花は少ないですが、これから花の数を増やして鮮やかになっていきます。
その他に、長いツルを伸ばすヘデラも一緒に植えてあります。
新横浜駅から日産スタジアムに来場するときは多くの方が通行する東ゲート橋。
皆さまのご来場をお待ちしております。
観察日 : 2020年 6月23日(火)
場 所 : 大池、水路など
植 物 : ヒメガマ
動 物 : ヤブキリ、アオダイショウ
記事作成: 阿部裕治(NPO法人鶴見川流域ネットワーキング)
しとしと雨が降るぐずついた日が続きますね。久しぶりに梅雨らしい天気を感じていますが、みなさんはいかがでしょうか?観察に出向いたこの日は、曇り空で時折晴れ間が出るとジワッと蒸し暑くなるような天気でした。
投てき練習場周りから観察をスタート。水辺に生えるヒメガマの穂を見ると、おしべがたくさん集まっている上の穂(雄花穂・ゆうかすい)が黄に色づいていました。これを見ると、花粉の具合はどれほどか、つい握りたくなってしまいます。握るとご覧のとおり、黄色いチョークを触ったかのように手が真っ黄色になります。この花粉は蒲黄(ほおう)と呼ばれ、古くから止血剤や利尿薬として用いられています。古事記の因幡の白兎で怪我を負ったウサギが傷を治すために使ったのが、ガマの花粉と言われています。
ガマと聞くとソーセージのような穂を思い浮かべる人が多いでしょう。これは雌花穂(しかすい)で、雌花が密集しており、秋になると綿毛の種子がびっしり詰まった状態になります。
ヒメガマ
雄花が集まった穂を握ると花粉がたくさん
水路沿いを歩いていると、オギやアシなどが高く生えている草地から「シュルルルル」という鳴き声が多く聴こえてきました。鳴き声の主は、キリギリスの仲間のヤブキリです。写真を撮ろうと探してもなかなか見つからず。ようやく撮影できたのは、多目的遊水地の越流堤の入口付近でした。(地図赤丸)遊水地の堤防法面の草地でもたくさん鳴き声が聴かれました。
ヤブキリの鳴き声が聴こえる水路の草薮
クズのつるの中で見つけたヤブキリ
ヤブキリの写真を撮影後、戻りながら再度観察していると、水路の浅い流れをうねうねと這い進むヘビを発見。双眼鏡で確認するとアオダイショウでした。日本の固有種で、北海道から吐噶喇列島(とかられっとう)まで広く分布しています。ヘビというと毒が気になると思いますが、本種は無毒です。流れの上手の方に向かって岸辺の様子を気にしながら進んでいったため、カエルなどの餌を探していたのかもしれませんね。
来月から7月に入り、夏が本番です。コロナウイルス対応でマスクの着用が大切ですが、熱中症にならないよう十分に注意しましょう。
アオダイショウ
芝生観察日記の第九十七話です。
令和二年6月24日(水)
<~ Road to 2019&2020 ~>
すっきりしない梅雨らしい天気により不快な日々が続いています。
前回、一週間前に確認された芝生の病害名が特定されました。見込み通り「ダラースポット病」ではありましたが、他に「バイポラリス葉枯れ病」も併発しているようです。
ダラースポット病は、芝生の病気としてはお馴染みです。しかし、バイポラリス葉枯れ病は以前から確認されている病気のようですが、日産スタジアムでは初めて確認されました。
下の写真は、それぞれの病原菌を顕微鏡で覗いたものです。
<ダラースポット病> <バイポラリス葉枯れ病>
既に病気の発生を確認してから一週間が経過しますが、病気は日増しに羅病範囲が拡がっているため、早急に対処したいところでしたが、生憎梅雨空続きで薬剤を散布するタイミングがありませんでした。しかし、午後から天気が回復したため急遽、両方の病気に効果的な殺菌剤を散布しました。
合わせて、先週同じタイミングで確認された害虫対策として殺虫剤も散布しています。前回の日記で紹介したタマナヤガとは別に、先週末から直径20㎝ほどの芝枯れ部分を確認したので様子を見ていましたが、薬剤散布後に巡回すると案の定、「シバツトガ」の幼虫が何匹も確認されました。タマナヤガ同様に芝生の葉や茎を食害する厄介な害虫です。
<直径20㎝ほどの食害部分> <体調1㎝ほどのシバツトガの幼虫>
芝生に害を及ぼす虫の多くが、タマナヤガやシバツトガといった蛾の幼虫です。コガネムシやシバオサゾウムシ、オケラといった昆虫類も見られますが、蛾の幼虫は年に3~4回発生するため油断できません。
シバツトガの幼虫は体調1㎝ほどで、タマナヤガに比べると小さめですが、タマナヤガは1か所に1個の卵を産み付けるのに対し(2~15個の卵塊という形で産み付けるケースもあるようです)、シバツトガは1か所に卵塊として何百という卵を産み付けると言われているため、孵った幼虫が集団で辺りの芝生を食べ尽くします。そのため、発見が遅れると被害は甚大です。
写真がぼけて分かり辛いかもしれませんが、タマナヤガ同様スケールに乗せた幼虫は気持ち悪いですね。。。カメラを持つ手が震えます。何年経っても好きになれません。
とりあえず、薬剤散布ができたことで一安心ではありますが、梅雨時期は湿度が高く、日照時間も減少するため芝生に多くのストレスがかかり、またいつ違う病気や害虫による被害が出るかもしれません。
話は横道に逸れますが、殺菌剤などの薬剤を散布する際は、農業などでも同様ですが散布した薬剤が雨や散水で流れ落ちて効果が低下しないように、展着剤という液体を混合して撒きます。主成分は界面活性剤です。身近なところでは台所用洗剤と言えばピンと来るでしょうか。
今回の散布でも混合したわけですが、界面活性剤の成分にも種類があり、日産スタジアムで使用している展着剤に含まれるポリオキシエチレンアルキルエーテルという界面活性剤が、今話題の新型コロナウイルスの消毒に効果的であり、品不足が続くアルコールに変わる選択肢であると経済産業省が発表しました。
https://www.meti.go.jp/press/2020/05/20200529005/20200529005.html
今回の発表により新型コロナウイルス対策として界面活性剤が有効であるということなので、プレーヤーのみならず芝生管理スタッフにも安全・安心な環境を提供できそうです。
先が見えないウイルスとの戦いですが、皆さんの健康管理に役立てていただければ幸いです。
次回をお楽しみに。